2011年8月10日水曜日

★原水爆禁止2011年世界大会in長崎

今年も行って参りました原水禁大会(←個人的には初長崎★)
京都からは諸々合わせて52名の参加。皆さま暑い中お疲れさまでした!
去年は、オバマ大統領のプラハ演説やNPT再検討会議を受けて盛り上がった大会だったけど、今年は東日本大震災、その後の福島原発の惨事を受けて、また独特の盛り上がりをみせた大会になったんじゃないかなと思います。
8月9日の田上長崎市長の平和宣言を読んで改めてそう思いました。
・・「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし選択する時がきています・・

そうそう、この間平和学校で伊藤真氏も言ってたナ。
「平和利用」の場合は「原子力」と言い、恐ろしいものとする時は「核」兵器と言う。どちらも同じものなのに。そのうち「核」の平和利用とだって言い出しかねないよねって。
やっぱり本質を見誤っちゃいけない。あの時長崎で、広島で何が起こったのか事実をきちんと知って考えて、そして行動していかなきゃって、長崎の原爆資料館や戦跡を周りながらそう思いました。
初めて参加した人、何度か参加している人。それぞれどんな感想をもって帰ったのかな。みんなの報告を楽しみにしています!

えーと。こっちの写真は2日目の夜の民医連参加者交流集会デス。
470名くらいの全国の民医連職員がホテルニュー長崎に大集合。
列島リレー・ピーストークっていうのが毎年あるんです。今年のラインナップはちなみにこんなかんじ。京都のみなさま。来年は何か発表狙いますか(笑)??

①長崎「山口仙二氏インタビュービデオ」
石川「反核平和自転車リレー『ぴーちゃり』の取組み」
③岡山「ひだまり9条の会ができるまで」
④福島「フクシマで生きていきたい NO!原発」

最後はみんなでいつものピース・シンキング♫
私は今回初めて知ったんですけど「りぼん」って歌。長崎では有名みたいです。知らんなぁ〜という方、ぜひ一度聴いてみて下さいね。→http://ow.ly/5Zlnk

2011年7月29日金曜日

★原水禁大会壮行会&ぴーちゃり報告会

毎日暑い日が続いてますね・・・。
そう、今年も暑い平和の夏がやってきたわけですョ★

本日県連にて毎年恒例となった京都民医連の原水禁壮行会やりました。今年は5月にやったぴーちゃり&ランの報告会もくっつけてやっちゃいましタ。この日は23名の参加予定者が集まって、一言ずつ決意表明!
例年は参加経験者から報告を入れたりしてたのですが、今年は原水禁大会に行ったら実際にどんなスケジュールで動くのかとか、長崎の紹介とかやってみたのですが皆さまいかがでしたでしょうか??

ぴーちゃりは映像編集が時間と技術の都合で間に合わず・・ゴホゴホ。
とりあえず写真並べて作ってみましタ。よければご覧下さいねー。

2011年6月30日木曜日

第4期平和塾開校!

今年も京都民医連の平和塾が始まりました!今回の受講生は12名。民医連歴はナント2ヶ月から7年まで様々。最初に自己紹介兼ねて参加動機を一言ずつ。「1年目は世の中の動きに目を向ける余裕もないくらい仕事しかできなかったけど、せっかく民医連に入ったんだから今年は!」とか「今年原水禁大会行きますが、行って終わりじゃなくて続けられる活動をしたい」とか「うちの病院ちょっと平和活動が下火になってるので自分が盛り上げていきたい」とかとか。参加した先輩の話を聞いててというコメントも多かったです。さすが4期目。ちょっと積み上げてきた歴史を感じちゃいましタ。

オリエンテーション後は公開講座。
★ 大塚一敏さん「長崎から京都、そして福島へ
研修を兼ねたこともあり参加者は100名ちかくいったみたいです。
何回か被爆体験は聞いてきたけれど、原爆被害と原発被害という語り口は初めて。たぶんみんなも初めて。
(以下、私のメモからなので若干あやふやなところもありますがご容赦を・・)
原爆とは、爆発に伴い大量の放射性物質を発生させ、およそ1〜2km範囲内の生物に生命の危険を及ぼすものであり、通常の爆弾とは異なる大量殺人兵器として実用化されたものであり、それに対する防御手段は存在しない。原発とはその最後の爆発を制御する制御棒を有する発電装置である。つきつめればその違いに過ぎないのではないかと。
最近、原発はそもそも軍事目的に実用化されたもので安全なんて二の次なものだって言う話はよく聞きます。大量殺人を目的にスタートしたものがどこをどう押したら安全神話になっちゃたのかな・・・。

話は大塚さん自身の被爆体験へ続きます。
8月9日のあの瞬間。一緒にいた友達をおいて逃げた、自分だけが助かってしまったという思いが未だに消えないこと。「壊疽性鼻炎」という奇病で入院してたった一週間で、30歳という若さで亡くなった弟さんの話。そして長崎で初めて被爆二世の死として、日本中に衝撃を与えた甥御さんの話。
大塚さんの感情を抑えた語り口は却って胸に迫るものがありました。でも一人ひとりの死を嘆き、悲しむ以上に強く感じたのが、何て言うんだろう。怒りと言っていいのかな・・・。
当時、被爆による外傷は明白だったけど、内部被爆の仕組みなんて誰も分からなかった。それをいいことに、半年たって原爆で死ぬべき人間はもう死んだと言い、アメリカ側は集めた証拠をすべて持ち帰り、原爆に関連する発言も禁止した。国内でも科学者は原爆被害は半年程度で治癒すると発言することを強制され、拒否すれば免職へ追い込まれた。それにより、被爆者に対する正しい知識は得られず、「ぶらぶら病」といった偏見だけが植え付けられたと。
その傾向ってぜったい今も続いている気がしてしまいます・・。

甥御さんの死を報じた当時の新聞記事も資料として配られました。そこにあったドクターの言葉がとっても力強かったです。
・・T君の病気が被爆の影響を受けたものかどうかはわからない。しかし担当医のH医長は「放射能障害の遺伝的影響が絶対にない、と証明されるまで、国は被爆二世に医療保護をするべきだ」という・・

被爆者は人間として死ぬことも、生きることも許されなかった。8月9日は生き残った被爆者にとっては被爆の始まりの日でもあった。
大塚さんは最後に、乳癌で亡くなったというお母さんの言葉を紹介してくれました。
「自分の意思で決めなさい。そして間違いのない生き方をしなさい」
ただ一度の人生を、いったい何のために生きるのか。今実際に何が起こっているのかをしっかりと把握し、その上で自分たちは何を成すべきなのかを考えながら生きていってほしい。

温かくも、ずっしりと重い大塚さんからのメッセージでした。
以上、随分長くなってしまいましたが開校式の報告でした。さんざん好きに書いたけど、ちゃんと映像も撮ってあるのでご希望の方は、県連までどうぞー♬

2011年6月21日火曜日

2011国民平和大行進

毎日蒸し暑い日が続きますね。
そんなとてもとても蒸し暑い雨上がりの午後( ´Д`;)
長崎へ向けた2011国民平和大行進滋賀からの引き継ぎ京都入り!に参加してきました。2年ぶり、いや3年ぶりかな・・?最近は男性陣に押しつけてばっかりでしたが、久しぶりに自分で歩いて平和の夏を実感。
今年もやってきましたねこの季節☆
270人か。もっといっぱいいたような気もしたけれど(→記事はコチラ

★市内網の目行進は7月9日(土)★
我らが北区は上賀茂神社からスタートです。皆さまの行政区はどこから歩くのかな。ここから原水禁大会へ向けて企画が目白押し。というわけで皆さま。市役所で、そして長崎でお会いしませう。

2011年6月4日土曜日

第4期平和塾記念講演のお知らせ

あっという間に4期目を迎えた平和塾。
昨年は沖縄社保協事務局長の新垣さんに講師をお願いしましたが、今年もすごいですよー。長崎で被爆の語り部をされている大塚一敏さんという方を講師に迎えての開講記念講演です。
★2011年6月30日(木) 14:30〜16:30
☆教文センター103号
★講師:大塚一敏さん
「長崎から京都、そして福島へ 私たちは微力だが無力ではない!」

・・若いみなさんに、話をきいてもらうことは、被爆の実相が次の世代に継承されることを信じることだし、被爆者に生きる希望をあたえるものです・・→つづきはコチラ

大塚さんは福島原発を踏まえて被爆者としての新たな決意を、残った人生と生命をかけて京都で私たちに話したいとおっしゃってくれたそうです。よく言われるけど、私たちの世代が被爆者から直接体験を聞ける最後の世代だって。大塚さんがどんな思いで今回京都に来てくれるのか、どんな思いで私たちに語ってくれるのか。自分なりに心して聞きにいこうと思っています。勤務の都合でなかなか難しいかとは思いますが、興味がある方はぜひぜひご参加下さい。席に限りがあるので一応事前申し込み制になっています。各事業所にお知らせは回っていると思いますので、ちょっと事務長さんにでも聞いてみて下さいね。

2011年5月29日日曜日

★2011ぴーちゃり&ピースランin京都のご報告★

あっという間にぴーちゃり&ピースランから一週間もたってしまいました。皆さまその後体調はいかがですか(笑)?
大変遅くなりましたが簡単にご報告です。

★1日目(5/21)
土曜日の朝7:30集合、8:00スタートという設定にもかかわらず、出勤前やお休みの人までたくさんの人がお見送りにきてくれました。応援&差し入れありがとうございました。取材カメラに多少たじたじしつつ・・みんなで元気にスタート!
2日目は大雨に泣かされましたが、1日目はホントに暑いくらいの爽やかなお天気でした。老の坂まではランナーズと自転車隊スピードをそろえて、音楽流してアナウンスもしながら♪
背中に9を背負ったオレンジのTシャツ集団は結構目立っていたらしく、Twitterで告知したせいもあってか、何人かの知り合いから見かけたョメールも届きました。私たちの平和のアピールが少しでも誰かに届いてたら嬉しいな。

途中、亀岡のアルプラザ前で核兵器廃絶の署名、沖縄高江のヘリパッド建設に反対する署名を使っての宣伝行動を行いました。返信用封筒をつけた署名用紙を配ったり、参加者から平和アピールも。4年前、沖縄で同じようにぴーちゃりに参加してきたこと、辺野古の行動に参加してきたこと、平和塾などを通して自分なりに平和について学んできたこと。慣れないマイクを握ってみんなちょっと緊張しながら。
本気チャリのペダルを止めて、話しかけてきてくれたおじさまもいたみたいです。「私たちは京都民医連の職員です!」のアナウンスに畑の中から手を振ってくれる人にも何人も出会いました。

観音峠はみんな赤い顔してペダルをこいでたし、道中は2台も自転車がパンクしたし、もう着いた!と思ってから意外に協立病院が遠かったし・・色々イロイロあったけど、ゴールした時のみんなの「やってやったゼ」という顔はとってもかっちょよかったです。
自転車チームは京都協立病院到着後、冷たい飲み物をいただいて、しばし感想交流。1時間半ほど遅れて到着したランナーズを綾部駅にて出迎えて、みんなで駅前の銭湯で汗を流しました。そして夜の焼き肉交流会へと続いたわけです・・・(笑)
「仲間がいたからがんばれた」「みんなが集まればこんなに笑顔になれるんだと思った」「事業所をこえて取り組めるそれが民医連ってことなのかもしれないけど、やっぱりスゴイと思った」などなど。個人的に一番嬉しかった感想は「単純に楽しかったし、また参加したいと思った」かな。だって楽しくなければ続かない、が私たちのモットーだもんね。

★2日目(5/22)
実行委員は5時過ぎに起床。誰だ前の晩遅くまで騒いでたのは・・と悪態つきながら(笑)
おにぎりとお味噌汁で朝ご飯。8時に外に出てさぁランナーズのお見送りってとこまでは良かったのです。が、その次の瞬間ザーザーの雨が降ってきて・・。せめてスタートしてからじゃなくて良かったと思うしかない雨でしタ。
仕方なく、予定を少し繰り上げ、舞鶴引揚げ記念館→自衛隊基地見学をして無事京都市内に戻ってきました。(←このあたりは残念な気持ちが強すぎて報告にもちっとも気合いが入りません。誰か補足しといてー)
2日目は、天候と、それに対する準備不足もあって皆を不完全燃焼で終わらせてしまった点、本当に心苦しく思っています。それだけが心残りですが、アンケートではまた参加したい!という声ばかりで・・。きっとやろうねリベンジ企画!!

最後に。平和でなければ私たちの提供したい医療や介護は行えないということ。そして今平和であるのは、決してあたり前のことではないということ。
私たちがうけとった平和というバトンを、私たちなりのやり方で引き継ぎ、そして次の世代に渡していくために、たくさんの人を巻き込んで、来年もその次も色々なかたちで走り続けられたらステキだなと思っています。参加者のみなさま。支えてくれたみなさま。本当にみんな大好きです。ありがとう♥

2011年5月24日火曜日

★2011ぴーちゃり&ピースランin京都★

参加者のべ46名。京都縦断という初の試み。
結果的には雨で2日目の走る行程は断念しましたが、とにもかくにも無事終了いたしました。参加していただいたみなさま、陰に日向に支えていただいたみなさまに心からの感謝を・・。

写真も映像も手元に届いたのでちょっとづつまとめをつくろうかなと思いつつ、とりあえず民報webが紹介してくれてるのでご紹介♪
あ、参加者のみなさま感想文をお待ちしてます(笑)