2009年4月1日水曜日

歓迎★新入職員のみなさん(*^^)v

今日は新入職員オリエンテーションがありました。
わがピースアクションも、オリエンテーションの中でちょっとだけ紹介タイムを頂き宣伝を・・・。

11月のぴーちゃりのスライドショー(音楽♪付)を流しつつ、これまでの活動を紹介してきました。
並べてみるといろいろやってるなあ(*^_^*)

今日は参加できなかった仲間から、メッセージを預かり紹介もしました。
いい内容だったのでここでもご紹介しますね。

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せっかく、民医連に就職して平和活動をできる環境にあるんだし、興味がなくても仕事の続きみたいな感じで一回は活動に参加してみてほしいなあ。一人の人間としてだけでなく、一人の医療人として人の命を守るというのはどういう事なのか、また、人の命を簡単に奪う核兵器や戦争について学んでほしいと思います。
決して、自分には関係ないから自分が戦争したんじゃないからじゃなくて過去に私達の祖先がしてきた事実を知り受け止めて自分にできる事を探してしてほしい。今、私達が毎日ゴハンを食べたり仕事したり当たり前に生活しているのは平和だからです。その平和を作りあげてきてくれたのは、私達が仕事で接している人生の先輩である患者さんたちでもあります。その人たちの生きた時代を知るためにも作り上げてきてくれたものを二度と壊さないためにも平和活動に参加してほしいなあ。
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1年前にピースアクションで出会ってから、ずっとフルパワーでやってきたよね。
いつも彼女のまっすぐさに元気をもらいます。

同じく今日から入職2年目になる仲間も、この1年を振り返って感想をみんなの前で話してくれました。
「平和のことを一緒に考える場がある、というだけでなく
仕事の話などいろいろ話せて楽しいですよ~」
なんて嬉しいことを言ってくれます♥
実はすごく緊張していたらしいケド、ほとんどわからなかったよ。

新入職員のみんなにも伝わってるといいな。
次回の会議は、4月17日です。またニュース作らなくちゃ。

(写真は、saeさんより差し入れの手づくりシュークリームです。めちゃウマでした(^^♪)

2009年2月17日火曜日

市民ミュージカル公演迫る!

気がつけば、2月も半ばを過ぎてしまってあっという間に3月にさしかかろうとしています。

3月と言えば、14日、15日に京都で市民ミュージカルが公演されます。
一般市民から出演者をオーディションで選ばれた人達が今、すごいがんばって練習しています。
このオーディション、60名選ばれるところに120名もの応募があり、急遽出演者を増やそうということになり100名が選ばれました。あまりのハードな練習(時間的にも体力的にも)のため、脱落者もいましたが、出演者の方々はがんばっています。

その練習風景がYou Tubeで観られます。アドレスは下記です。

http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=6juW4T_LGzU

是非、観にきてください。

憲法を題材にしたミュージカルですが、全然堅苦しくないですし、面白いです。
でも、この日は憲法のことを少し、考えて欲しい、知って欲しい日です。



チケットの問い合わせは2009市民ミュージカル実行委員会TEL:075-231-3730に。

2009年1月19日月曜日

缶バッチ作成!!o(≧▽≦)o

1月16日(金)、2009年一発目の定例会議を行いました。

内容は、元日本兵士の方の体験談を聞く企画を3月or4月らへんでやろうかという話と4月の新入職員オリエンテーションについて少し話し合いました。
早いもので、もう新歓の季節です。1年前は聞く側でしたが、今年は話す側になるのでしょうか・・・??今年はピースアクションの紹介ミニチラシを、新入職オリの時に資料に紛れ込ませる作戦です。

そして今会議のメインイベント・缶バッチ作製!!
借りてきた作製機は意外と小さく、家庭用かき氷機を彷彿とさせるものでした。
みんなが描いたデザインを使って作っていきます。

さて、実際に使用方法を見ながら作り始めましたが、これがまた難しかったです。(私が不器用だっただけでしょうが・・・)あーでもない、こーでもないと言いながら、なんとか完成!!なんだか大仕事をやりきった充実感がありました。慣れてくると、ガシャコンガシャコンと作製機をフル稼働させて作っていきました。
かわいいバッチが沢山できましたよ☆☆

2月は14、15日に広島・岩国・牡蠣・平和ツアーがあります。美味しいものを食べながら、平和について沢山考えに行きましょう。

2009年1月7日水曜日

今年もどうぞよろしく!

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年も楽しくピースアクションしていきますので、どうぞよろしく!

あっと言う間に年末年始が過ぎてしまいましたが、みなさんはどのように過ごしましたか?
私はいつもながら実家に帰り、ゴロゴロゴロと・・・・
癒されてきました(^。^)/

そんな中、年明けに、はじめて祖母の戦争体験を聞きました。

富山でも大空襲があったこと。
山から見えた一面の焼け野原。
農家だった祖母の家では大量のおにぎりを作り、長い距離を担いで配って歩いたこと。
(もちろん命令によって。)
空襲から逃げた後に飢えて苦しむ人々の姿。
熱くて川に逃げ込む人々の山。
流れていく死体の姿。

「戦争は地獄やから、絶対にしたらあかんのやよ。絶対に。」
と何度も何度も語っていました。

祖母の口から、戦争の悲惨さが語られるのは不思議な気がしましたが、
同時に、戦争体験をぐっと身近に感じることができました。

昔から、戦争の話をしてくれた祖父は(もっぱらロシアの話ですが)、認知症が進み話すこともままならなくなってきました。

今のうちに聞いておかなくては。この体験をつないでいかなくては。
と思った年の初めでした。

みなさんも、まだ身内の話は聞いたことがないという方はぜひ(^_^)

2008年12月20日土曜日

12月の定例会議をしました

12月19日(金)に定例会議を行いました。

メンバーは6人。今日は女性ばかりで、ちょっと女子高のような雰囲気が漂っていました(笑)
(年齢が違うか・・・^^;)

メインは11月に行ったピーチャリの報告作り。

これまではニュースをパソコンで作ったりしていたけど、「みんなで作ろう」ということで、模造紙2枚をつかった力作になりました。

「1時間くらいでチャチャッと作ろう!」と始めたはずが、こだわりにこだわって、完成したのはなんと11時半!
途中で宅配ピザをかじりつつ、がんばりました。
出来た時には、なんともいえない達成感・・・。

ぜひみてらもいたいものです。
1月にデビューさせて平和企画などで掲示してもらうつもりです(^_^)v

2008年12月7日日曜日

「フィリピン戦の実相を語る」に参加して

昨日、京都アスニーで「フィリピン戦の実相を語る」に参加してきました。参加者は120人を超えました。参加者の中には、戦争に行かされた人や、父親が戦死しというひとなどでした。一方で「伝承すべき」私たちの世代は、ほとんどいなかったです。

まずフィリピン戦には、中国を侵略した京都の第16師団も16000人が入りました。元日本兵の証言は「ジャングル戦で、赤痢になったりして、栄養失調になるぐらい悲惨だった」という人や、宣伝部隊として、画家や小説家、マスコミまで軍の命令で徴用されていたことなど、驚くことばかりでした。

次に「フィリピンと日本を結ぶビデオメッセージプロジェクト」をしているNPO法人『BRIDGE FOR PEACE』代表の神直子さんから、元日本兵たちとフィリピンの遺族の方々の証言がビデオで流れました。ビデオでは、5人ぐらいの元日本兵の人たちとフィリピンの遺族の方々が出てきます。そこには日本の加害の事実を生々しく証言していました。覚えている範囲で紹介します。「現地の教会に行ったとき、女性が出てきました。上官は『刺せ』と部下に命令しました。でも部下はブルブル震えて銃剣を刺せず、上官は『手本を見せてやれ!』と私に命令を出しました。私は刺しました。刺したところから血が噴き出し、女性は天を掴むようにして倒れました」「天皇、軍の命令で強制的にフィリピンに連れて行かれ、戦場では誰が『住民』で誰が『スパイ』かわからないまま、目の前の人を殺していた」「子供を抱いている女性に子供を離させて強姦した」など、フィリピン戦に動員された元日本兵は、加害の事実を、実名、顔出しで話していました。でも60年以上たった今でも「悔やまれる」「反省している」と、心に罪悪感はまだまだ重く残っているようでした。

そういった証言を紙直子さんは、フィリピンの遺族に映像を見せて「誰が悪いのか?」ということでなく、加害と被害の事実、お互いの証言を理解してほしいと言われていました。また若い世代による戦争体験の継承を目指していると。

元日本兵が証言したビデオを翻訳してフィリピンの遺族に見せるシーンがありました。それを見た遺族の方々は「新婚1年目に夫を『スパイ』だと日本兵に連れ去られ、行方不明になった」「裕福だった父を失い、その親族から見放され、母親を支援してくれる人もなく、戦後はずっと貧乏だった」という現状や、一方で父親と兄弟を失った男性は「逆の立場だったら私も同じことをしたかも知れない・・・。」という意見もありました。

最後に、元日本兵が口を揃えて言うのが「戦争が残酷なこと。『聖戦』なんてない。」さらに「それを知らない世代が、憲法を変えようとしている。戦争が1日でも起これば必ず人が死ぬのだということをわかってほしい」と語っていました。被害の事実だけでなく、加害の事実も含めて、後世に伝承しないといけないのが私たちの世代だと改めて思いました。また来年1月の会議で資料等を紹介します。

2008年11月30日日曜日

旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国集会

今日、ひとまち交流館で行われた講演会に参加してきました。

今日の講演会では、台湾から被害女性であるウ・シュウメイさん(92歳)が

涙ながらに証言をしてくださいました。



ウ・シュウメイさん(アマー)は、19歳で旅館で仲居券接客係として
義母に売り渡されました。
そして、23歳の時に家の近くのホテルのオーナーで元警察官だった人に、
「今よりもっと楽な仕事をしないか?」などと騙され強制的に前線の「
慰安婦」として連れていかれたそうです。出発前に裸にされ、軍医に検査され、
合格し1日に多い時で20名を超える兵隊の相手をさせられたと…。
そして、乱暴な兵士が嫌で逆らうと、「殺すぞ」と脅され、殴られたと涙で声を
震わせながら語ってくださいました。
また、拒否した時に、「私は、お国の為に働いているんだからサービスしろ」とまで
言われたそうです。
アマーは、戦後に二回結婚をしたのですが、堕胎で傷ついた身体で子供が産めずに夫は、
彼女に冷たくあたったそうです。
アマーの涙ながらの勇気ある証言に、聴いている私達も涙がでました。

アマーは、
「日本政府はどうして、した事を認めないのか!?
人生が台無しになりました。身体も傷だらけです。
死ぬまでに謝罪と賠償をしてほしい。
日本政府が忘れても、私の身体が証拠です」
と語られ、私達に訴えていました。

私は、平和塾の韓国ツアーでナヌムの家に行きましたが、実際に証言を聞く
事ができなかったので、今回の講演会で韓国での学んだ事がよりリアルに伝わってきました。

女性であれば、忘れさりたい、消してしまいたい深く傷ついた過去を話すのは、
あの頃の状況を思い出す事であるし、本来なら避けたい事ではないでしょうか!?
私なら、思い出したくもないし語れないかもしれない。
深く傷つき、自分は汚く汚れた人間であるとアマーが言っていました。
私は、アマーを汚い人間だとは思いませんでしたし、今までアマー達の受けた深い傷
を知らなかったほうが恥ずかしいと思いました。

今回、講演会には平和塾の仲間やピースアクションの仲間も数人きてくれました。
私は、この証言で聞いた事をたくさんの人に伝えたいし、アマーの心の傷を自分に
置き換えて考え、今後なんらかの形でアマーたちの微力ながら力になれたらいいなと
思いました。

講演会のあとに、アマーとの交流会がありました。
アマーの誕生日祝いもあり、大きなケーキやおいしいご飯もありました。
交流会では、たくさんの人と少しですが交流もしてきました。
私は今日深夜明けで行ったので、踊る元気はありませんでしたが、
みんなはアマーと踊ったりして盛り上がってました。